東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)123号 判決
事実及び理由
一 請求原因事実のうち、本願の出願から審決の成立に至るまでの手続の経緯、補正前後の考案の要旨ならびに補正の却下の決定および審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。
1 原告は、本件補正の却下の決定は違法であるから、審決は、補正された後の実用新案登録請求の範囲に記載された事項に基づいて本願考案の要旨を認定すべきであつた旨主張するので、まず、本件補正の却下の決定に判断の誤りがあるかどうかについてみることにする。
本件補正が、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後になされたものであり、補正の内容が、本件補正前の実用新案登録請求の範囲の記載では、本願考案で用いるべき濾過体がたんに「濾過体6」と規定されていた(成立に争いのない甲第三号証―実用新案公報二欄二八行ないし二九行目)部分を「ウレタンフオームの如きスポンジ濾過体6」と訂正したものであることは、当事者間に争いがない。
(相違点<1>について)
本件補正によつて実用新案登録請求の範囲中、「濾過体」が「ウレタンフオームの如きスポンジ濾過体」と訂正され、これにより、本願考案において用いられる濾過体の材質が限定されることになつたとはいえ、ここにいう「ウレタンフオームの如きスポンジ」とは、原告も述べているように、一般に「通気性があり、かつ柔軟にして圧縮復元性、耐油性のある多孔性物質」を指すものと理解されるから、特にウレタンフオームからなるスポンジのみに限定されるものではない。
ところで、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三(特公昭三九―九一〇六号公報、実公昭四一―一九七三八号公報、実公昭四一―二四二三五号公報)によれば、空気清浄器の濾過体として、一般にポリウレタンフオーム、ゴムスポンジなどの多孔質材質を用いることは、本願出願前、すでに周知のことであることが認められ、また、乙第三、四号証(実公昭三二―一五〇一号公報、実公昭三七―二九三八九号公報)および乙第五号証の一ないし三によれば、特に油槽式空気清浄器に限つてみても、その濾過体としてビニル系スポンジなどの多孔質材料を用いることは周知であり、かつビニル系スポンジがこの種空気清浄器の濾過体として、ひろく用いられているのは、主に通気性があり、柔軟性、弾力性が優れているためであることが窺われる。
右認定にかかるビニル系スポンジが、本件補正後の考案における「ウレタンフオームの如きスポンジ」に相当することは、前記列挙した如き性質のものであることからして明らかである。
原告は、本件補正後の考案が、ウレタンフオームの如きスポンジの有する圧縮復元性に新たに着目し、この圧縮復元性を利用して濾過体を筐体の内周に摩擦係止させた点は、当業者の考え及ばなかつた新たな考案であるのに、この点を考慮しなかつた本件補正の却下の決定は誤つていると主張する。しかしながらその主張は採用することができない。なぜならば、原告主張の趣旨のようなことは、明細書にいつさい記載されていないのみならず、原告の主張自体、みずから、手続補正によつては許されない、考案の要旨を変更したと主張することになり、矛盾するからである。すなわち、本件出願当初の明細書の実用新案登録請求の範囲においては、濾過体は単に「濾過体」というものであり、したがつてそれは圧縮復元性を有しない濾過体をも含むものであつて、本願考案中にはウレタンフオームの如きスポンジの有する圧縮復元性を利用して濾過体を筐体の内周に摩擦係止させるということを少なくとも考案の要旨の一部とするという思想は含まれていなかつたものとみるべきであり、それを「ウレタンフオームの如きスポンジ濾過体」と補正し、この段階で、当業者の考え及ばなかつた、ウレタンフオームの如きスポンジの有する圧縮復元性に新たに着目し、この圧縮復元性を利用して濾過体を筐体の内周に摩擦係止させたと主張することは、考案の要旨の重要な一部を変更したと主張することになる。したがつて、本件補正の却下の決定が原告主張のような点を考慮しなかつたのは当然であり、原告の主張は理由がない。
(相違点<2>について)
原告は、本願考案は、中心筒の外周に濾過体を一体化して接着した構成を採択することによつて濾過体の着脱および洗滌にあたつての格別の作用効果をもたらしているものであると主張する。
まず、濾過体の着脱の容易性について検討するに、引用例の空気清浄器においても、濾過体は、金網等で包んで下部内筒の外周面に取り付けられ(甲第六号証―実用新案公報左欄末行ないし右欄一行目参照。)ているから、上部内筒から下部内筒を取りはずすことによつて下部内筒と共に濾過体を取り出すことができるし、また濾過体を空気清浄器に取り付ける場合にも、後に指摘する如く上部内筒の下端に濾過体と共に下部内筒を突き合わせ、金網に包んだ濾過体の下周縁を油容器の段部に掛合させることによつて簡単に取り付けることができるものである。
したがつて、本願考案における濾過体の着脱が引用例のものに比して格別に容易であるとは認められない。
次に、濾過体の洗滌についてみるに、引用例のものにおいても、金網は内部の濾過体を支持するだけのものであるから前記の如く上部内筒から下部内筒と共に濾過体を取りはずし、金網に入つたままの状態で濾過体を洗滌することができることは明らかである。
補正後の本願考案は、濾過体を金網に包むことなくウレタンフオームの如きスポンジ濾過体を露出した状態で用いているが、空気清浄器において、このようにスポンジなどの濾過体を露出したままの状態で使用することはきわめて普通の用い方であることは前掲乙号各証の記載からも明らかであり、かつこのような用い方をすれば、引用例のものにみられる如き金網に突き刺つた繊維性の塵埃が充分に除去されないという欠点がないことも当然の結果であるから本件補正後の本願考案が、濾過体の露出使用自体により格別の作用効果を有するものとはいえない。
また、この点に関連して、本願考案においては、中心筒の外周に露出した濾過体を一体化して接着したのに対し、引用例の空気清浄器においては、前記の如く濾過体が下部内筒の外周面に取り付けられている旨の記載があるものの、その取付手段は明らかにされていないところ、一般に物体を取り付けるために接着することはきわめて普通の方法であるから、本願考案が、「接着」という取付手段を採択したことに格別の考案があるともいえず、これにより格別、当業者の予測しがたい作用効果を奏するものとも認められない。
(相違点<3>について)
本件補正の却下の決定は、補正後の本願考案および引用例(以下、括弧内の記載は引用例における該当部分を示す。)は、「油槽式濾過器(オイルバス式空気清浄器)において、中心導風管(内筒)と別体に該導風管(内筒)の下端に気密嵌入せしめた中心筒(下部内筒)を設け」ている点は、構成のうえでの一致点であるとみたが、引用例の空気清浄器においては、上部内筒の下端に下部内筒が嵌入せしめられているのではなく、上下内筒は、パツキング(18)を介して突き合わされている(甲第六号証―実用新案公報右欄三行ないし四行目参照。)だけであるから、下部内筒を上部内筒の下端に「嵌入」せしめたものと表現したことは正確ではない。
しかしながら、本願考案の油槽式濾過器も引用例の空気清浄器も、いずれも導風管(上部内筒)と中心筒(下部内管)を連結し、一体として空気通路を形成している点で異るところはないものである。そして、一般に二つの円筒を上下に連結して一体の導管としようとする場合には、引用例のものにみられる如く二つの円筒を突き合わせて行うか、あるいは二つの円筒を嵌め合わせて行うかであるから、いずれの連結方法も当業者が任意に選択しうることであると考えられる。
したがつて、本願考案が、引用例の如く上下内筒をパツキングを介して突き合わせて連結するかわりに導風管の下端に中心筒を嵌め込んで連結する方法を採択した点には格別の考案を認めることはできない。
そうすると、本件補正の却下の決定が、引用例の空気清浄器における上下内筒の連結方法を「嵌入」せしめたものと誤つて認定した点は、本件補正の却下の決定の結論を左右するものとはいえない。
また、濾過体を取り付けた中心筒(下部内筒)を油槽式濾過器(空気清浄器)内に支持するための機構をみるに、引用例においては、濾過体と共に下部内筒を上部内筒と突き合わせ、さらに濾過体の下周縁を油容器の段部に掛合させており、他方、本願考案においては、中心筒を導風管の下部に嵌入させることによつて導風管の下方に吊り下げる如く支持する機構であるが、いずれの方法も支持機構としてはきわめて普通の方法であつて格別の考案力を要するものではない。
さらに原告は、引用例の如き機構によつて下部内筒と共に濾過体を支持すると、空気清浄器の器高が高くなり構造のうえでも不利であると主張するが、この点は、濾過体の嵌合位置のみで決まるわけではなく(引用例のものは、濾過体が油容器内にあるために油容器部分は高くなるものの、上部の外筒は逆に低くすることができ、他方、本願考案においては、濾過体が筐体内にあるために筐体が長くなり、反面油槽部分が低くなつているものであるから、油槽式濾過器全体の器高としては、格別異るものではない。)、本願明細書に何ら記載されてもいないので、この点の原告の主張は、理由がない。
また、濾過体の配置位置をみても、両者とも濾過体が空気通路の下部に置かれていて濾過体の機能自体に変りがあるとは考えられず、また濾過体を前記の如く油容器に着脱自在に配置するか、あるいは筐体に着脱自在に配置するかは、当業者が設計上必要に応じて容易に選択できる構成の変更にすぎず、さらに濾過体を右のいずれの位置に配置するかによつて濾過体の交換、洗滌にあたつて格別差異があるものとは認められない。
(相違点<4>について)
原告は、引用例からサイクロン式部分を取り去るということを考えること自体引用例の考案構成から見て至難のわざであると主張するが、この主張は、首肯しがたいものである。すなわち、成立に争いのない乙第二号証の一、三および乙第三、四号証にも認められる如く油槽式の空気清浄器自体は、周知のものであり、引用例は、周知なこのオイルバス式空気清浄器とサイクロン式空気清浄器とを一体にコンパクトにまとめたものであつて、「サイクロン式とオイルバス式との二方式の清浄器が筒形本体内に同心状にコンパクトに組込まれ」(甲第六号証―実用新案公報右欄二五行ないし二七行目)た構成を採択することによつて流入空気をまずサイクロン式清浄器部分で除塵した後に油槽式清浄器部分でさらに清浄化しようとしたものであるから、引用例のものには、サイクロン式清浄器部分と油槽式清浄器部分が併存しているものと認められる。
したがつて、このような引用例のものから当業者が必要に応じてサイクロン式清浄器部分の構成を除去することはきわめて容易になしうることであり格別困難なことではない。
また本願考案における油槽式濾過器は、前叙の濾過体の取付機構をのぞいては、従来普通にみられる油槽式空気清浄器(乙第二号証の三参照。)の構成と大差があるとは認められず、かつ成立に争いのない乙第二号証の一および三(昭和一六年実用新案出願公告第九九九六号公報、実公昭四二―一一五九八号公報)によれば、空気流入口をもつキヤツプから取入空気を吸入する構成の油槽式空気清浄器も本願出願前、すでに周知であつたことが認められるから、本件補正の却下の決定がこの点についても格別考案力を要するものとは認められないとした判断は正当である。
以上検討してきたところから明らかな如く本件補正の却下の決定には、これを違法とすべき事由はない。
2 そうすると、昭和五〇年二月二五日付手続補正書による本件補正を却下する旨の補正の却下の決定は正当であるから、本件審決が本件補正前の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて本願考案の要旨を認定したことには、何ら誤りはない。
ところで、本件補正前の本願考案の要旨が審決の認定のとおりであることは、当事者間に争いがなく、その要旨とするところは、用いられる濾過体について「ウレタンフオームの如きスポンジ」なる限定のない広範囲の濾過体である点をのぞけば、これまですでに「本件補正後の考案」として検討してきたものと同じ構成であることは前記認定のとおりである。
したがつて、本件審決が、本件補正の却下の決定におけると同じ引用例(甲第六号証―実公昭三九―三四九二一号公報)および周知の事項を参酌したうえ、引用例と本願考案との相違点である前記<2>ないし<4>(本件審決においては、相違点<1>ないし<3>)について前記と同様の判断をなし、本願考案は引用例に基づいて本願出願前に当業者がきわめて容易に考案することができたものと認めたことは、すでに検討したところから明らかなように正当であつて、審決には、何らこれを取り消すべき違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註〕本件における考案の要旨は左のとおりである。
本件補正前の考案の要旨
筐体2の中心部に気体通路を設け、その上部に設けた空気流入口を持つキヤツプより取入空気を下方に向うようになし、又筐体2の下端に締具14により着脱自在に取付けた油槽1を配置した油槽式濾過器において、キヤツプ下に設けた中心導風管5と別体に該導風管5の下端に気密嵌入せしめた中心筒7を設け、該中心筒7の外周に一体化して接着した濾過体6が中心筒7と共に筐体2に着脱自在に嵌合するように構成して成ることを特徴とした油槽式濾過器。
本件補正後の考案の要旨
前項の記載のうち、「濾過体6」とある部分を「ウレタンフオームの如きスポンジ濾過体6」と訂正したもの。